資生堂CyGnet (シグネット=Cyber Gallery Network)
1998-2003
Shiseido CyGnet (Cyber Gallery Network)
1998-2003
インターネット上のギャラリー(www.shiseido.co.jp/cygnet/)
主催:株式会社資生堂企業文化部+宣伝部コンピュータデザイングループ
ゲスト・キュレーター:四方幸子
「ネット上でしか成立しない新しいアートを紹介する実験的なサイト」として1998年に資生堂が開設したインターネット上のギャラリーCyGnetは、異なる部署が初めて共同で実現したプログラムである。タイトルのCyGnet(シグネット)は、「Cyber Gallery Network」の略称だが、「白鳥(Cygnet)のひな」という意味ももつ。
ネットアートは欧米を中心に1994年頃に登場したが、当初はHTMLコードへの介入やリンクを中心とした実験的な介入が多かった。国内ではキヤノン・アートラボとICCが作品の発表(1995-)をしていた時代である。新たなインターネット技術が登場した1990年代後半に開始されたCyGnetは、企業によるネットアートのギャラリーとして前例のないものであった。
キュレーションは企業文化部の樋口昌樹氏と筆者が行い、以下の7作品を委嘱し発表した:
1998年8月:EastEdge《Tyrell.Hungary》 、朝岡あかね《Constellation Project》
1999:エキソニモ《DISCODER》、 近森基+下村知央《◯ [èn]》》
2000:ミリツァ・トミッチ《i am milica tomic》
2001:JODI 《Wrong Browser CO.JP》
2002:doubleNegatives《plaNet Former》
*《Constellation Project》《◯ [èn]》》以外のキュレーションを担当。
EastEdge《Tyrell.Hungary》(1998):
ハンガリーの若手プログラマー・チームEastEdgeの《Tyrell.Hungary》は、映画『ブレードランナー』(1982年)のタイレル社ハンガリー支社という仮想の企業サイトで、サービスには、ユーザの希望通りのレプリカント「バーチャル・あいどる」の提供(現代の「デザインベイビー」にも通じる)、遺伝子バンク、Vparty(バーチャルパーティ)、そして当時の最新の技術の一つ、インターネットラジオがあった。サイトにアクセスすると、企業ロゴとともに最初に浮かび上がるメッセージ「何者かは知らねども、用心されよ 貴殿が今入らんとするは情報汚染地区 感染メディアと情報ウィルスの地なり…」 が、ユーザーを緊張感とともに別世界へと誘う。未来を見通したかのようなビジョン、人間の欲望を稼働させるストーリーなど、コンテンツは先端的かつコンセプチュアルである。当時出ていたフェイクサイトの問題に加え、個人情報の提供という、ターゲットマーケティングやビッグデータの問題をいち早く提示していた。
エキソニモ《DISCODER》(1999):
エキソニモ初のアート作品となった《DISCODER》は、「インターネットのコンテンツを成立させるHTMLのコード(CODE)そしてそのルール(CODE)を破壊し、矛盾を生じさせる装置」(エキソニモ)である。URLを手打ちしていた時代の作品で、任意のサイトにアクセスし、キーを打ち込むと、弾丸のような音とともにその文字がHTMLタグに突き刺さり、ページが仮想的に攻撃・破壊されていく。崩れたページは、HTMLモード表示に切り替えソースコードでも閲覧できる。音が攻撃性を増幅させ、ユーザーは打ち込む快感を感じてしまう自らに直面する。《DISCODER》は、通常意識されない、ウェブページを成立させている「しくみ」を露呈させるだけでなく、コンピュータ操作において無意識的に自らが規範(CODE)化されていることをユーザーに気づかせる。本作発想の契機に、当時発射されたばかりの北朝鮮のテポドンへの脅威があったことを追記しておく。
ミリツァ・トミッチ《i am milica tomic》(2000):
90年代にNATOの経済制裁や空爆に晒されたセルビア・ベオグラードを拠点とするアーティスト、ミリツァ・トミッチ初のインターネット上作品で、現地の技術者が作品を実装した。同名のビデオ作品《i am milica tomic》を新たに拡張させたもの。彼女の身体(写真)をクリックにより傷つけることで、多様なアイデンティティを異なる言語であらわすことで生じる軋轢を、ユーザー自ら体験することになる。彼女の顔や肩などに点滅する半透明のポイント(12カ所)をクリックすると、「私はミリツァ・トミッチです。私は日本人です(watashi wa nihon jin desu)」などアイデンティティに関する言葉が浮上する。さらにクリックしていくと、彼女の身体に血が流れ、傷がズームインされ、アイデンティティに関する引用文があらわれる。さらに進むと彼女のシルエットが5つのアイコンを伴いあらわれる。クリックすると「私はフェミニストです」「私は難民です」など、様々な属性を持つ言葉が表示される。身体やアイデンティティの戦場の最前線に、自らの名と身体で臨む姿勢が本作では表明されている。作品は、「想像の共同体」(ブラニスラヴァ・アンジェルコヴィッチ+ブラニスラヴ・ディミトリイェヴィッチ)のテキストに加え、彼女の夫ブラニミール・ストヤノヴィッチ(哲学者)が選定した他者性について省察するための6のテキスト(A・バディウ、E・バリバール、E・ラクラウなど)の抜粋を伴っていた。
JODI《Wrong Browser CO.JP》(2001):
オランダを拠点とするネットアートのパイオニアである2人による本作は、2000年頃に始まった国別ドメイン名が「現実世界の地理的および政治的スキーマを課すもの」であることに対し開始されたアプリケーション作品「Wrong Browser」シリーズの「.jp」版。最終的に11のドメインで製作された中の一つで、起動するとCO.JPのWebサイトにランダムに接続し(最大限5サイト)、サイトのテキストやソースコードが表示されコラージュされていくが、ロードされるデータと予期しないコードによって最終的にクラッシュする。ダダイスムに発するコラージュという手法を、インターネット上の動的プロセスとして提示した。また、90年代前半には未分化で国境を超えた新たな可能性の場と彼らが見なしていたインターネットが、21世紀を前に実世界の論理で領土化されていく状況に対する抵抗といえる。2000年という時代に可能になり始めたインターネットの常時接続を前提としたものでもある。CO.JPドメイン用であり、日本語を意識した縦表示を採用、ディスプレイを横に向けて閲覧することが推奨された。
doubleNegatives《plaNet Former》 (2002):
アルゴリズムによる、極座標を基盤とした建築の新たな可能性を追求する市川創太率いるdoubleNegatives(現:dNA (doubleNegatives Architecture))による常時接続環境を基盤とした作品。ユーザーが手入力したウェブ・ページのリンク構造を、「Former Agent」というプログラムがランダムに辿り、そこからリンクされている他のサイトへと辿り続ける様子がリアルタイムで線描され、次々と結びつく線がやがてプラネット(惑星)状の球体を形成していく(同時に10まで「Former Agent」を起動可能)。ユーザーは球体のサイズや位置の設定や、リンク先のコンテンツ表示もできる。市川は2019年に「現在は自律的なソフトウェアが絶えずインターネットを探索しているが、そのような行為を同時発生させ、1回限りのデータベースを作る」プロセスが作品と見なされていた、と本作について書いている。同テキストで市川はまた、「「世界を見つめる中心が複数ある」という世界観が、現在の情報社会に親和性がありそう」と述べているが、それはまさに彼が「極座標」を通して一貫して探求し続ける世界だといえる。
* * *
CyGnet開設当時、インターネットはダイヤルアップ接続で回線容量が低く、トップページや作品の閲覧がスムーズでないことに加え、自社サーバのファイヤーウォールにより、社内から作品を見られないなど問題が頻発した。インターネット自体もまだまだ普及期であり、アクセス数も多くなかった。美術館がネット上の美術館を立ち上げ始めた例もあるが、仮想的に空間を再現するもので、ネットの特性を生かした動きは見られなかった。その意味でCyGnetの試みは、作品・技術両面で先んじていた。2003年の終了後サイトの公開は停止され、CyGnetの存在はその後ほとんど知られていない。資料も、資生堂社内にもほとんど残されていない。インターネット技術やデジタル化が急速に進んだ1990年代末から2000年代初頭には、世界的にもデータの保存やアーカイブのシステムが確立されていなかった。デジタルを介在させ、時代の技術環境に依存し、パフォーマンスに近いエフェメラルな性質をもつネットアートの保存や再現という問題に加え、残っているデータの掘り起こしや検証が実際極めて困難になっていることを記しておく。
*四方幸子「総論 企業メセナによるメディアアート活動とその歴史的展開」、平成30年度メディア芸術連携促進事業 連携共同事業『1985~2005年間の企業メセナによるメディアアート展示資料の調査研究事業」実施報告書』(愛知県立芸術大学、平成31/2019年2月)第7章、および四方幸子「資生堂CyGnet(1998-2003)概要およびキュレーション作品について」(2020年3月執筆)、『2019年文化庁メディア芸術アーカイブ推進事業「企業メセナによるメディアアート展示資料アーカイブ事業』資料より抜粋、一部変更し再編成
[調査研究] 資生堂CyGnetについては、研究員の1人として加わった以下の調査研究がある。
・平成30年度メディア芸術連携促進事業 連携共同事業 「1985~2005 年間の企業メセナによるメディアアート展示資料の調査研究事業」(文化庁助成、愛知県立芸術大学)
・2019年文化庁メディア芸術アーカイブ推進事業「企業メセナによるメディアアート展示資料アーカイブ事業」(愛知県立芸術大学)
1998-2003
www.shiseido.co.jp/cygnet/
Organizer: Computer Design Group, Advertising Department / Corporate Culture Department, Shiseido Co., Ltd.
Guest curator: Yukiko Sikata
Creative Net Gallery on the Internet (Cyber Gallery Network)
In summer 1998, Shiseido launched CyGnet, the gallery on the Internet as an “experiment to explore the possibilities of using the Internet for art”. The project was realized by the first collaboration between Computer Design Group of Advertising Department and Corporate Culture Department, Shiseido Co., Ltd. I joined as guest curator and commissioned 5 works out of total 7 works between 1998 and 2002. Other two works were curated by Masaki Higuchi of Shiseido.
1998: EastEdge “Tyrell.Hungary”, Akane Asaoka “Constellation Project”
1999: exonemo “DISCODER”, Motoshi Chikamori+Tomoo Shimomura "◯ [èn]"
2000: Milica Tomic “i am milica tomic”
2001: JODI “Wrong Browser CO.JP”
2002: doubleNegatives “plaNet Former”
*Curated 5 works except the works of “Constellation Project and "◯ [èn]".
1) EastEdge “Tyrell.Hungary” (1998)
In this project, a virtual corporate website “Tyrell.Hungary” is set up, which provides various services to meet the needs of contemporary man. By registering some personal identification, the user will have access to services such as “Virtual Idol”, “Future Radio” and “Gene Bank”. The word “Tyrell” is a quote from the movie “Blade Runner” directed by Ridley Scott, and “Tyrell.Hungary” functions as an agency which can expand our desires at the same time that it promotes currently acceleratedly developing technology. By establishing a virtual corporation on the net, it allows users to tap into issues between providers of information and themselves in the information-environment of the Internet and focus on boundaries between local/global and real/fictional. For example, the issue of ethics concerning the treatment of life (which we now face through the development of bio-technology) obscures the border between self and others, and between humans and that transcendental being above the level of humans. It also questions how humans can be defined in this contemporary era. Tyrell.Hungary is, in a virtual sense, a slice of reality. Tyrell.Hungary first provides two services: “Future Radio” and “Virtual Idol”. Additional services will follow.
*from CyGnet’s first Press Release of, June 1998 (excerpts of text on the work by Yukiko Shikata), released by Shiseido Co., Ltd.
EastEdge:
- cj.b2men (Daniel Molnar): founded EastEdge 1993. concept and ideas, help realization
- jinx (Sandor Szabo): concept and ideas
- darkeye (Akos Maroy): concept and ideas, help realization, focusing one database and interfacing
- alien (Gergely Antal): web site design and realization
- xybear/phlegm (Mate Zimmermann): logo, type faces, designs and real flash animations
2) exonemo “DISCODER” (1999)
“DISCODER” is a device to write inconsistency into HTML code. The user can invade or remove the bugs to HTML code by keyboard. The bugs will influence each other, and web pages will mutate with the resulting inconsistency. “DISCODER” visualizes the structure behind the web pages, and by discoid HTML, the user is liberated from the normative behavior to the individual by the computer, or even in life.
*from CyGnet’s Press Release of “DISCODER”, April 1999 (excerpts of text on the work by Yukiko Shikata), released by Shiseido Co., Ltd.
3) Milica Tomic “i am milica tomic” (2000)
Milica Tomic is a Yugoslavian based in Beograd. Milica examines her identity as well as her national identity through the origin of her name and her country’s historical background. Clicking on her portrait on the top page, visitors to the site read the lines: “i am milica tomic. I am a ………(national identity)”. The name is her real name, but her national identity is false. When viewers click on the lines, scars appear on her body and phrases such as “I am a feminist” appear on her silhouette to explain her character. Some characteristics are true whereas some are false. Viewers do not have means to know which ones are true and which ones are not. As they continue to face such labeling of identities, the truth of which is not confirmable, they notice a gap between the identities they hold and the identities others think they have. The recognition of this gap will lead them to think of an illusory aspect of a nation and a community. The sentence at the beginning of this work: “every community is an imaginary one, but only imaginary communities are real!” arouses a strange sense of reality in viewers after they go through the work. In the “Theory” included in the work, Branimir Stojanovic (philosophy) quotes the articles by Ernesto Laclau, Allan Badiou, Etienne Balibar, Armand Zaloszyc and Jacque Ranciere, and they provide the vein of the work.
*from CyGnet’s Press Release of “i am milica tomic”, February 2000 (excerpts of text on the by Yukiko Shikata), released by Shiseido Co., Ltd.
4) JODI “Wrong Browser CO.JP” (2001)
Wrong Browser CO.JP is part of a series of eleven alternative web browsers. It was the original concept to make a separate Wrong Browser application for each existing domain extension.
The project is a response to changes in the Domain name system that started around the millennium when country coded top-level domains were introduced. These national Domain names imposed a 'real-world geographic and political schema on the before borderless' world wide web (.us .de .co.jp etc). Each Wrong Browser is limited to browsing' within its specific domain name extension. “Wrong Browser CO.JP" is only connecting to CO.JP websites. The absurdity of this limitation refers to the implications of the 'nationalization of the internet.
Upon launching the "Wrong Browser” application automatically connects to a random website within the given top-level domain. The source code of the loaded page flows across the screen and is being visualized. The Wrong Browser displays the source code from the specific website and a new connection to another website starts within 30 seconds. On the screen the texts and codes of different websites are displayed simultaneous and visually layered on top of each other. “Wrong Browser CO.JP" is connecting to up to 5 websites at the same time and displaying all the texts and codes from each website. Because of the volume and unexpected codes that are continuously loaded within the Wrong Browser screen, the application will eventually #crash. This work could be experienced by turning the display monitor 90 degrees, as letters flow vertically like Japanese text. (JODI, 2019)
*from research archive of “Kigyo Recent ni your Media Art Tenji Siryou Archive Jigyo (Corporate Supported Media Arts Exhibition Materials Archive Project), supported by Media Geijutu Archive Suishin Jigyo (Media Arts Archive Promoting Project)”, Agency for Cultura Affairs, 2019.
5) doubleNegatives “plaNet Former” (2002)
*text to be added.